俺の腰痛

梅雨入りしたのになかなか雨が降らない。こうなると夏の水不足が心配だ。俺の好きな沖縄はしっかり雨が降ったようだが、本州での生活あってこその沖縄ライフみたいなものがあるだけに不安だ。

 

この季節は古傷の腰が痛む。前職のトラック運転は同じ姿勢でずっといるもんだから、腰の痛みに悩まされた。これが仕事を変えるきっかけにもなったのだが、介護の仕事も腰に力を入れないといけないこともある。この瞬間は今でも痛みを伴うが、雨の日は座ってるだけでもうずうずしてくる。

みんなは俺の腰の状態を知っているから、協力してくれている。本当にありがたい限りだ。しかし、このままというわけにもいかないなー、という思いもあった。

 

そんな時、新しく入ってきた入居者が入ってきた。その方は70歳を超えているのに腰が全く曲がっていない。姿勢に美しささえ感じる姿だ。

 

それもそのはず、この人は去年まで整骨院を開いていたのだ。隠居するにあたり、自分自身が老人ホームに入って入居者の腰を改善したいという野望があるようだ。

 

そうしたことをうちの施設が許可するかどうかは別として、個人的には指導してもらいたい。激しくそう思った。

 

俺は早速仕事終わりにその人を訪ねた。夜勤明けだったので、利用者の方は午前の自由時間を過ごしている時だ。

 

俺が腰について相談すると、周りの利用者の方も腰について悩んでいるらしく、小さな講演会みたいなものが始まった。

 

腰痛はさまざまな原因があるが、正しい原因の把握と対策を講じれば自分で改善できるとのことだった。

 

講演の後、元整骨院の先生は腰痛対策トレーニングを紹介しているサイトを教えてくれた。流石前年まで働いていらっしゃるだけあり、情報機器の扱いにも慣れていらっしゃる!

 

肩こりや腰痛の治し方についてまとめているサイトはここだった。

 

これを参考にすれば、俺の腰も昔のように健全な状態に戻るかな?とりあえずはやってみよう。

父と緑内障

ゴールデンウィークも終わり、早いもので6月になってしまった。5月病にかかっていたせいもあり、ブログの更新を放置していた。反省すべき点である。

 

それも理由の一つだが、もう一つ大きな理由があってブログを書けないでいた。今回はその件に触れようと思う。というのも、俺の父が緑内障になったのだ。

父はパソコンが普及し始めたころからのエンジニアで、俺たち家族と顔を合わせるよりもシステムと過ごす時間の方が長いくらいだった。

 

仕事柄、目を酷使するので父は健康診断に加えて眼科で検査を定期的に受けていた。そんな父でも緑内障になってしまうのか、と驚きを隠せなかった。

 

 

 

せっかくここまで身を粉にして働くことで俺たち家族を養ってくれた父。やっと母との夫婦水入らずの生活でゆっくりできる時なのに、これからの景色が霞んでしまうのは残念すぎる。

 

この話を聞いてから、俺は緑内障について徹底的に調べた。専門的なことは分からないが、少しでも父の緑内障を食い止めたい、楽にできる方法はないのか、そんなことばかり考えた。

 

父は幼い頃から俺に対して、目が悪くなるようなことについては母よりも口酸っぱかった。

テレビはこれ以上前で見るな、ゲームをする時間は制限しろ、ゲームの後は裏山を見て目を休めろなどなど、簡単に思い出すだけでもこんなに出てくる。

 

きっと自分の仕事柄、息子には健全な目を保って欲しかったのかもしれない。もしかしたら、父はその頃から目に違和感を感じていたのだろうか。緑内障は罹った人にしか分からない苦悩があるに違いない。

 

当時の俺は父のそんな思いは知る由もなく、がみがみ言われるが怖いなという印象だった。今となってはこれが感謝の気持ちに変わるのだから、成長したなと思う。

 

今、俺は父に少しづつ調べた知識を紹介している。一気に出すと情報の取捨選択が難しくなるってのもあるし、一朝一夕で良くなるものでもないし。

 

そんな俺が父へのアドバイスで参考にしているのがこのサイト。

 

緑内障についての見識や対処を知るにはとても参考になるサイトだ。

 

父にはこれからも俺の子供、つまり孫の成長を見てもらいたいし、余生を充実したものにして欲しい。

 

だからこそ、緑内障なんかに負けて欲しくない。全力でサポートするぞ、父さん。

車好き武勇伝

春である。4月は春=新しい季節というイメージがあるけど、これは日本独特の感覚なのかもしれない。

 

そういえば、どうして4月が年度はじめなのだろうか。学校は4月から始まるし、企業も多くが4月始まりだ。

 

 

少し調べてみると、どうやら色んな説があるようだ。頭がそんなに良くない俺には難しかった。まあ、あったかくなるタイミングで新しいことが始まるのは良いことだ!そうに違いない!

 

新しいことと言えば、最近車を買い替えたいなーと思っている。今乗っているのは軽自動車も走行距離がそれなりになってきたし、将来のことも考えて大きな車に乗り換えたい。

 

朝礼で恒例になっている新年度の決意表明でも「新しい車を買います!」と宣言して笑われたところだ。

 

しかし、こういうものは言っておくものだ。最近入居された方に、車を生きがいにしている人がいるという情報を先輩から入手した。これは早速担当せねば!

 

車の買い取りは色々あれど、どうすれば高く買い取ってくれだろう。そんな疑問を解決してくれるかもしれない。そんなウキウキを胸に食事の配膳に行った。

 

この方は大阪の枚方(ひらかた)という所に住んでいたらしく、お子さんの近くの老人ホームに入るために引っ越してきたらしい。

 

ちなみに枚方は大阪府にある市で、かの有名なひらかたパークがある場所だ。

 

「○○さん、車に乗り倒していたらしいじゃないですか。」この言葉でスイッチを入れにかかる。ここからは情報収集だ。

 

「おお、お前さん車に興味があるんかい。わしはかれこれ20台くらい車に乗ってな・・・」

そんなにも・・・凄い。

 

当然、それだけ乗っていたら買い取りも数多くしていた事だろう。その方曰く、車の買い取りはディーラーでの下取りだけでは駄目だということ、出来るだけ多くの買い取り業者と比較するということが大事らしい。

 

この方は枚方市中の中古車買い取り業者を把握していたらしい。どれだけの業者があるのか聞いてみると、参考になるサイトを紹介してくれた。

 

ここを見れば枚方市の中古車買い取り業者を網羅できるとのことだ。

 

危ないところだった・・・俺は何も考えずにディーラーで下取りを経て車を買い替えようと思っていた。

 

こんな話を聞いた日には休日は地元の業者探しを始めるしかないな。

 

案外すぐに達成できると思っていた車の買い替え、思ったよりハードだ。

番外編~俺と沖縄~

あったかくなってきたなーと思う今日この頃。昼間はコートがなくても活動できる感じ、春までもう少しだな。

 

今日は俺のことについて話そうかと思う。あったかくなるとテンションも上がるのだ。

俺は寒さが嫌いだ。1年のうち、11月から3月の寒い期間が苦手で、元気もなくなってくる気がする。

 

コタツが欠かせない。カイロも欠かせない。みそ汁は必需品だ。この期間をどう乗り切るのか、これが毎年の悩みだ。

 

寒い時期は沖縄とかあったかいところで過ごしたい。寒さとは無縁の生活を送りたい。

冬の自然は好きだが、寒さに耐えるのは限界があるのだ。

 

だから、毎年冬には沖縄逃亡を図る。それが1泊でも2泊でもかまわない。沖縄が俺を呼んでいるのだ。沖縄が俺を受け入れてくれているのかどうかは分からないが苦笑

 

介護士という仕事の都合上、まとまった休みを取るのは難しい。だから、沖縄息が決まるのはいつもギリギリだ。

 

そのせいか、何度かやらかしてしまったことがある。その中でも一番堪えたのが、レンタカー予約を忘れた時だ。

 

沖縄は車移動が基本になるため、レンタカーがないとまともに移動できるのは空港から那覇市内くらいなものだ。

 

あの時は完全に舞い上がっていた。何せ、急に4日も休みをいただけたもんだから、俺は嬉しさのあまり飛行機とホテルだけ取って満足してしまったのだ。

 

そして当日、空港まで行く電車の中でレンタカーのことに気付いた。あの時くらいかな、真冬なのに電車の中で汗が止まらなかった。

 

俺は急いでレンタカーをどうにかできないか考えた。携帯を持つ手は完全に震えていたと思う。

 

そんな中、何とか当日中にレンタカーを手配する方法を見つけ、落ち着いて飛行機に乗ることができた。

 

その時、ここで沖縄のレンタカーを手配する方法を知った。

 

沖縄に滞在中、1日はドライブに充てる俺にとって、レンタカーの手配を忘れたのは本当に失態だった。

 

あれ以降、俺の家には沖縄に行く前のチェックリストが色んなところに貼り付けられている。

 

嫁にはあきれられているのだが、一緒に沖縄に来てくれているだけでも感謝しかない。

 

さて、これから沖縄へ行ってきます。

老人の言動を見て出会いの重要性を思う

老人ホームにはいろいろな人がいる。

それはまあ当然のこととして、先日近所の人が自分は老人会なんぞには入らん!!

なんてことを言っていた。

そりゃそうだ、あんたが入ったらもめてもめて仕方がないわ、と心ひそかに思いつつ、その人も素敵な出会いなんてものがあったら性格も違ったのかななんて思った。

その人は持ち回りの当番になっただけで、他の当番の人たちの間で「やつがやってくる!」なんてざわざわされるくらいの、悪く言えば問題のあるお方なのだ。

そんなその方は結婚をしていない。

もちろん結婚がすべてではないと思うし、素敵な出会いなんてものがそうやすやすと転がっているような世界じゃないのは自分自身が身をもって体感している次第。

 

そんなことを考えていたら、急に自分の将来が不安になってきた。

なんせ、俺の職業は泣く子も黙るコストパフォーマンスの悪さ!!

介護福祉士だからだーーーー!!!

そうニュースなどで知っている人も多いと思うが、なかなか忙しい職業で出会いなんてものが全然ないのだ。

自分が中年になった時に困らないように、今からリスクヘッジをはかってみることとする。

さて自分が40代になった時に出会うためにはどうすればいいのか?

そうだ合コンに行こう!

って若いうちしかそんなものないわなー

とためしに検索してみた。

 

すると・・・

初恋アゲインなんてものを発見!!

どうやら40代以上の男女専門の合コンサイトらしい。

こりゃ30代の内に結婚相手が見つからなかったとしても安心だわなんて嬉しくなりつつ、婚活サイトって沢山あるけど40代で合コンって意外にないよねって事実を知りましたね。

 

余生はやっぱりパートナーといっしょにすごしたいななんて願望があったりするので、こういった出会いに年齢的限界がないに越したことはないよね。

初恋アゲインみたいなサイトが昔からあったらもっと結婚が多かったんだろうなと思うとともに、いい時代に産まれたもんだとちょっとうれしくなったところでこの話を締めたいと思う。

おじいちゃんの語学留学

俺は英語がさっぱり分からない。何とか読むくらいはカタカナ英語で突破してきたが、会話はさっぱりだ。ディス・イズ・ア・ペンが限界の俺の英語は致命的だ。

この間も駅で道を聞かれたのだが、無言でグーグルマップで場所を調べて案内したくらいだ。話せないくせにお人よしと言われたらその通りかもしれない。

 

そんな俺の英語コンプレックスをポロっと話していると、上司が思い出したこのように言い出した。

 

4階の新入りのおじいちゃんは語学留学したらしいよ、と。しかもここに来るほんの数か月前だってさ。

 

おいおい!なんてファンキーなおじいちゃんなんだ!俺が今老人ホームの中でウジウジしているというのに、そのおじいちゃんは70歳にして留学だと!?

 

そりゃーもう俺はそのおじいちゃんの担当に立候補しちゃったよ。だって話聞きたいじゃん笑

 

その日のお昼ごはんから俺の担当になった。俺のイメージは黒く日に焼けた肌にサングラスだった。しかし何ということでしょう、どこをどう切り取っても日本感漂う紳士的おじいちゃんではないか。

 

おじいちゃんのギャップに戸惑いつつも、いつものように話題を振ってみる。

 

「○○さん、英語がペラペラだそうですね。」

スイッチオン!今回は俺の興味がありすぎてワクワクが止まらない。

 

聞くところによると、おじいちゃんも若い頃は英語が得意ではなかったらしい。

でも、老人ホームに入る前にやりたいことをやりつくすことにしたそうだ。その中にあったのが語学留学だったらしい。

 

日程の関連から留学期間は1ヶ月強くらいだったそうだが、フィリピンで楽しく英語を学べたそうだ。

 

その時参考にしたサイトがここらしい。

 

やっぱり語学は実際に使うことで身につくものらしく、若いほど身につくのも早かったって教えてくれた。

 

そんなことを聞いてたら俺も留学してみたくなってきた。

でも俺には嫁も子どももいるし、何よりこのホームの方々がいる。

 

これからはプチ留学としておじいちゃんに英語のレクチャーをしてもらおうかな。

おばあちゃんの願い

節分が過ぎ、暦の上では春と言うもののまだまだ寒い。6寒1温といったところだ。

これから日光浴をすることも多くなる。俺はこの段々と暖かくなる感じが好きだ。

 

この時期は受験シーズンでもあり、孫を持つ方も多い。そのため、介護中によく受験関連の話を聞くことが多い。

そういえば俺も受験生やってたなーと思い出す。俺は家庭の事情で大学を中退したが、それまでは世の中の学生と言うものをやっていたのだ。

 

受験は実力がものを言うのは当然だが、時には神頼みだってしたくなる。人間誰しもそうではないだろうか。

 

こんなことを書きたくなったのは、あるおばあちゃんの話を介護中に聞いたからだった。

 

そのおばあちゃんの孫はこの春高校受験だったようで、おばあちゃんはこの1年気が気じゃなかったらしい。頑張るのは本人だから、周りは応援することしかできない。

 

それに、孫は周りからの声をプレッシャーに感じるタイプだから気軽にがんばれ、なんて言うべきじゃないことにも悩んでいたらしい。

 

そんな時、おばあちゃんは孫の両親と相談した結果、自分たちが願掛けをしようと決め、護符(お札(ふだ))を持つことにしたらしい。

 

そして、そのお札は老人ホームに住んでいるおばあちゃんが持つことになったそう。

護符は周りに持っていることを言いふらしてはいけず、効果がなくなってしまうと言われているらしく、周りで孫の受験が話題になっても、何とか黙りとおしたそうだ。

 

えっ?でもなんで今は俺に言っちゃったの?俺は思わず聞いてしまった。

するとおばあちゃんが満面の笑みでこう言った。

 

もうお札が必要なくなったのよ。孫が受験に受かったの!

そう言うことか!びっくりしちゃったじゃないですか!俺は笑顔で突っ込んだ。

 

それから、おばあちゃんは書いてもらった護符を見せてくれた。

 

おばあちゃんはここでお札を書いてもらったらしい。

 

俺は親が買ってきてくれたお守りをポケットに入れて受験に臨んだなー。答え書くときに手が震えたから、必死にお守りを握りしめて心を落ち着かせたっけ。

 

我が子はまだまだ受験とは程遠いけど、その時には俺もひっそりとお札を持ってみようかなー。

競馬と借金とおじいちゃん

俺の上司はこの老人ホームでの勤務が長く、入居者のことを誰よりもよく知っている。

何がすごいって、長いから知っているというレベルではない。

新しい入居者の情報を最初に仕入れてくるのはほぼ間違いなくその上司なのだ。

あの人の情報収集力は一体どうなっているんだ?誰もあの人には逆らえないだろうな・・・。

 

そんな上司から、面白そうな情報を手に入れた。

どうやら、新しく2階に入居したおじいちゃんがなかなかにハチャメチャ人生を送っていたらしい。

 

そんな話を聞いたもんだから、その人の風呂の介助に立候補した。

こんな感じで俺はすぐ上司に乗せられる。自分で言うのもあれだが、なかなかの名コンビだと思う。

 

どんな話なのかとウキウキしながら入浴介助へ。おじいちゃんの見た目は噂とは真逆の、真面目なおじいちゃんを画像検索したらトップに出てきそうな感じだった。

 

とっつきにくいタイプなのかな、と第一印象を受けたものの、ひと声かけてみるとなかなかに饒舌である。

これは当たりだ!と思ったのはここだけのお話であるが。

 

「○○さんのお話ってすごい面白いらしいじゃないですか。」

魔法の言葉発動である。おじいちゃんの口元がニヤッとなった。

 

おじいちゃんが話し始めた。おじいちゃんは真面目そうな風貌に似合わず、ギャンブル三昧だったらしい。

 

しかも賭け方が大胆で、いつもこいつだ!と決めた馬に単勝で1点買い。よく言えば男らしい買い方だが、まあ・・・ダメ男の買い方だよな。それを毎週末やっていたらしい。

当然ながら負けまくるから、お金が足りなくなる。だから借金もたくさんしたらしい。いくら借りたかなんて覚えていない。おいおい・・・

 

今ではあり得ない話だが、昔はある程度なーなーで貸し借りを行っていた業者もいたらしい。本当かよ?笑

 

そして、このおじいちゃんから聞いて初めて知ったのだが、借金には時効があるらしい。

おじいちゃんはこの手を使ってかなりの額の借金を回避してきたとのこと。だから情報を集めてはゆるゆるな消費者金融を狙っては、借金を合法的に踏み倒してきたとのこと。

そういう所での頭の切れを競馬の予想に充てればよかったのに。

 

その内容を思い出そうとしていたら、話の内容とほぼ同じサイトを見つけた。

 

借金の時効に関するサイトはここ!

 

今回老人ホームに入ったのも、ギャンブルから離れさせようとする家族の企みとのこと。

おじいちゃん、俺は家族側の気持ちがよく分かるよ。

 

ギャンブルは自分の能力の範囲でおさめておこうと思う。

老人ホームには武勇伝が溢れている

最近の老人は元気だというが、本当にそうだと実感する。みんな学校に来ているみたいな感覚なのかもしれない。共同生活だしね。

 

この老人ホームで介護士として働き始めて、早いもので10年。最初は毎日のように辞めてやろうかと

思っていたが、そんな気持ちはもうない。                                                                          

 

昔は長距離トラックの運転手をしていたが、生活リズムが崩れやすいし、家族ができてもなかなか会えない。それは寂しいなと思い、介護士の資格を取った。

 

俺は物心がつく前にじいちゃんもばあちゃんも亡くなっていたから、その年代のひと達とかかわったことなんて本当になかった。

 

だから、初めて仕事を始めた時はコミュニケーションの取り方に悩んだし、10円ハゲを作らせたら日本一なんじゃないかと思えるくらいたくさん10円ハゲができた。

 

これをいじり倒して転げまわっていたやつらのことを思い出したら腹が立ってきた。今度おごらせよう。(ちなみに今でも仲は良い。こんなことで崩れる関係でもない。)

 

そんな俺がこの仕事でのやり方を確立したのは、あるおじいちゃんとの出会いがきっかけだった。

 

そのおじいちゃんは70歳くらいで、まだ元気だったが家で一人よりは良いという理由で入居してきた人だった。

 

明るい人で入居者ともすぐに打ち解けたし、家族もちょくちょく来ているようだった。そんなおじいちゃんが人気の理由は、話が面白いということだった。

 

同僚からそんな話を聞いていた時に、俺はそのおじいちゃんをお世話する仕事が入っていたので、ストレートに聞いてみた。

 

俺「○○さんのお話ってすごい面白いらしいじゃないですか。」

 

爺「そうでもないんだがなー。ただ、お前さんも同世代で昔の話をすると懐かしかったり重石よく感じることがあるだろ?あんな感じじゃないか?それに、わしらの世代は昔のことを今でいう武勇伝みたいに語りたいやつが多いし、自分の威厳を示したいのかもな。」

 

この話を聞いて俺はハッとした。今までは自分から話しかけて、話題を何か提供しなくちゃ、とばっかりして話が盛り上がらなかった昔のことを勉強してみたりもしたが、よく分からないことが多くて、知ったかになりがちだったし。

 

そうか、逆に考えて自分が聞く立場でいいのか、と。それからは気持ちがすごく軽くなった。俺にとっての魔法の言葉が出来上がった。

 

「○○さんって若い頃はどんな風だったんですか?」

 

これだけでコミュニケーションが見違えるほど円滑になった。俺はあくまで聞く側。これまでにたくさんの面白い話、すごい話、切ない話を聞いてきた。

 

このブログでは、そんないろんなおじいちゃん、おばあちゃんの話を紹介していこうと思う。

 

俺が忘れないように記録しておきたい気持ちもある。そんな感じだ。